Top
チュウ太について
ウィーン日記
宝箱
更新日記
道具箱
教材バンク
読解クイズ
リンク集
チュウ太のウィーン日記


目次 | |
2000年11月14日 火曜日

本来ならば、今日は中学生の皆さんからの返事を読んで、先週盛り上がったディスカッションの続きといきたいところだが、現実の相手がいる場合にはすべてがそうそううまくはいかない。中学校では岡先生の授業は火曜日つまり今日行われ、そこで初めてウィーン大学の学生達の手紙が手渡されることになっている。一度はパソコン室も予約してくださったのだが、複数の手紙をもらった生徒もいることだし、返事をパソコンで打ち込んだのでは1時間の授業では書ききれないだろうという岡先生のご判断もあり急遽予定変更。生徒達には返事を原稿用紙に書かせることにして、それをパソコンに打ち込んで個々の学生達に送るという大変な役は岡先生が引き受けてくださるとのこと。感謝!

それにしてもメール文化にどっぷり浸った毎日を送っている私にとっては、鉛筆を握って原稿用紙に書くよりは、パソコンで打つ方がずっと簡単なように思うのだが、このあたりは、情報化社会とはいえ、中学生にはパソコンがそれほど浸透してはいないということなのだなと改めて考えさせられた。ただ、すでに携帯からもメールが送れるようになり、中学生もiモードでメールごっこということになれば、事情はあっという間に変わるのではないかと思う。もちろん、一概にiモードと言っても50字以内というように字数制限があるものもあり、長くきちんとした文を書かせるにはやはり別のトレーニングは必要となるだろうが。

さて、上記のような事情に加えて、幸い新たに書かれた手紙文もあったので、前回同様意見文と手紙文とを交互に読みながらディスカッションという授業を引き続き行うことにした。今回取り上げた中には以前紹介した中学の時にウィーンに来てしまったという自称「半分日本人」の学生の文章も含まれていたのだが、それを皆で読んでいる最中に面白い発見があった。

この手紙のもととなる意見文はM.E.さんのものである。「この日本という国の,激しい移り変わりは今,暗い方向にばかり進んでいっている。高度成長のなかにあって,人と人との交流が戦前・戦後より少なくなっているせいか,多くの人が悩みをうち明けることもできず,その悩みを自分一人で抱え込んでしまっているようだ。」という意見文に対して、彼女はつぎのような手紙を書き送った。

M・Eさんが書いてくれたのを読ませてもらいました。ありがとう。 どうして人は心を閉ざしてしまうのでしょうか。きっと傷つくのが怖いのでしょう。 M・Eさんが「暗い方向にばかり進んでいっているようです」と悲観的に考えているようなので私まで悲観的になってしまったらどうしようもないので、一応年上としてのコメントをさせてもらいます。まずはM・Eさんが、その現在の問題に気が付いたということはとても大事だと思います。直面している問題に気付かなかったら、解決も出来ませんからね。気付いたなら自分から進んで人との交流を大切にしようよ。世界なんてM・Eさんも十分にわかっているだろうけど、そんなにすぐには良い方には変わらないけど、世間に任せるだけではだめだと思わない?そして、小さい出会いとか幸せを大切にしていこうね。「何、非現実的なことを言ってるんだ」ともしかしたら思ってる?いいよ、思ってて。人生なんて霧みたいで先は見えないけど、私は明るく見るように心がけています。疲れちゃうからね。3年生で勉強も大変だと思うけど、悔いのないようにがんばってね。

面白かったのはこの文の真意が理解できない学生が数名現れたという点である。この手紙文の前半はよく理解できた。そして彼女自身がやはり今の社会を悲観的に捉えてしまうのだが、それでも年上として別の側面から物事を見ようとコメントしているという姿勢は共感も得られた。ところが、「〜けど、〜けど」と続き「〜と思わない?」となったとき、論理の方向がつかめなくなったようだ。そして「小さい出会いとか幸せを大切にしていこう」という呼びかけが何故なされたのか、さらに「非現実的なこと」が何をさしているのかがわからず(もちろん明文化されていないのだが)それに続く「〜と、もしかしたら思ってる?いいよ、思ってて」で完全にお手上げ状態になってしまったらしい。

日本人の会話では、話相手がどう応じるだろうかまでこちらで考えて、さらにそれにまで反応してみせるというのは、よくあるパターンである。手紙文であっても書き手のこうした思考の流れはそれなりに理解できる。ところが日本語学習歴2年から3年という学生にとってはこれは非常に難しい作業のようだ。挙げ句の果てに「この手紙をもらった相手の中学生は意味がわからないと思います」という発言まで現れた。

文の難易度に影響を与える要素として、漢字・語彙・構文・内容等が関わるだろうとは思ってはいたのだが、このような形での書き手の視点の移動、つまり読み手の反応への言及が文章理解を妨げるというのは非常に興味深かった。そう言えば、以前フランス語を教えている際に似たような現象にであったことがある。あれは『プチ・ニコラ』のタイトルで日本語訳も出ている"Le petit Nicolas"を読んでいたときのことである。この本は小学生であるニコラが友達に語る形で学校や家庭でのエピソードを次々と語っていく楽しい物語である。その中で語り口がtuからvousつまり改まった文体に変化したときは、作者から読者への直接の呼びかけを示している。ところが、そのことに気づかず、急に挿入されたvousで始まる一文のせいで文の流れがわからなくなってしまう学生が多かった。いずれにせよ、これは慣れの問題でもあり、言語言語で独自の文章法が存在している。また個人によっても文体は異なっている。その意味でも今回の手紙文は生の文章を扱うことの難しさと面白さを同時に教えてくれた。

自宅に戻ると、すでに岡先生からのメールが届いていた。中学生の手紙をすぐにパソコンで入力して送ってくださったのである。頭が下がる。(ありがとうございました。>岡先生)中学生達は、ウィーンの学生達からの手紙に対してそれぞれに内容の濃い返事を書いてくれていた。生徒達の負担を軽くするためあえて400字ではなく130字詰めの原稿用紙を配ったところ、2枚目3枚目をを欲しがる生徒もいたとのこと。例の辛口コメントを受け取った生徒もまるで気にしていない様子で、いい返事を書いてくれていた。しかもそれには「コアラをだっこしたことがありますか?」という「おまけ」の質問がついていた。

さて、中学生達の手紙についての詳しいご報告はまた来週。

☆一言メモ☆

オーストリアのウィーン空港で売られているTシャツの一つには、駐車禁止マークの真ん中にカンガルーの絵がついている。今度はコアラマークのも作るように勧めなくちゃ。


目次 | |

copyright © 1997-2000 KAWAMURA Yoshiko, KITAMURA Tatsuya and HOBARA Rei./ All rights reserved.