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チュウ太のウィーン日記


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2001年1月30日 火曜日

今学期最後の授業。これまでの12回の授業を学生達はどのように評価してくれているのだろう。気にはなるもののやはりアンケートは最後に回し、まず授業から始める。各自の意見文の修正版を受け取り、教材バンクに入れてもいいか再確認したところ、全員最初からそのつもりだったとのこと。さらに名前は実名かイニシャルか匿名かもそれぞれの希望を聞きその形で掲載することにした。

今日の授業では教材バンクに新たに掲載した「新米店長奮闘記」を読む予定である。この文章は大学卒業2年目に衣料品店の店長をまかされたO君の日記である。学生達と年齢も近いし、新しい職場であれこれ悩みつつ新しい仕事に挑戦していく様子にはきっと興味を持つだろうと教材バンクに入れさせてもらったのだが、果たして学生達はどんな反応を示すだろうか。初見でどこまで読めるのかも知りたかったので、プリントしたものをその場で配布し一緒に読むことにした。難しそうな語句に関してはあらかじめピックアップしてチュウ太の辞書ツールにかけた結果を語彙リストの形で提供した。

まず「新米店長奮闘記」というタイトルは難しい。「新米ってなんだとおもう?」という問いかけへの返事は「あ、僕は日本食品店でアルバイトしているんですけど、秋になると必ず日本人が何人も新米ありますかって来ますよ。」こういう答えが出ると話が面白くなる。言葉のもとの意味と派生的な意味。チュウ太の辞書にもこの2つの意味はきちんと出ている。この2つを示せば学生達はもちろんその派生的な意味のほうだということはすぐに理解できる。だが何故新米が新入りの意味として使われるのかと聞いてくる。実はこれは「新前」がなまってできた語であり単純な派生でないあたりはやっかいだ。残念ながらチュウ太はこういったことは説明できない。一方、「奮闘」と言う語は漢字は難しいが意味さえ分かれば読解に支障はない。

ところが「前書き」を読み始めるや直ぐに質問がでてきた。「どうして辞令はもっと早くでないんですか」「行きたくなかったらいやだと言えないんですか」「結婚していて家族がいるときはどうするんですか」「転勤すると給料は上がるんですか」辞令後たった1週間で転勤しなくてはならないという状況は彼らには不思議でならないようだ。また転勤というのは当然会社と本人との話し合いによって決まるものだと思っていたという。「会社の都合だけで勝手に行き先を急に決めるなんて、そんな会社だったら僕ならやめます」「就職するときによく調べて、転勤のない会社を選んだ方がいいですね」日本の会社の常識は彼らの常識とは多いに異なっているという結論に至ったようである。

次に出てきた質問は「初めての一人暮らしって書いてありますけど、社会人になっても親と一緒にいるのは日本では普通なんですか」だった。聞けばオーストリアでは早い人で高校卒業時、遅くても大学の2年3年ともなれば親とは別に暮らし始めるのが普通だという。家賃が高すぎれば友人と共同生活する。その友人は同性とはかぎらない。互いに単なる同居人として男女数人が一緒に住むということもごく自然に行われている。ともかく成人であるということは、まず親から離れ独り立ちすることだと考えられている。「でも最近、家賃も高いし家にいたほうがいろいろと便利だというので『ママホテル』と呼んで親と一緒に住む人もでてきましたけどね。」その意味では日本の若者たちは「ママホテル」の恩恵に浴し続けている人が多い。また親と離れて住んでいる場合でも、学生の間は家から仕送りを受けている人がほとんどだ。こんな日本の現状には目を丸くしていた。

「日記」も本文に入ると、非常にわかりやすくなる。夏物処分での大幅値下げのエピソードは、今、ウィーンが丁度冬物セールの時期だったこともあって「買わなきゃ損」という新しい表現もリアルに実感できたようだ。「こういう言葉は役に立ちますよね」というコメントまであった。また、入社後2年目で新しいパート社員の採用の決定を行えるという権限は、ウィーンが就職難ということもあり、うらやましささえ感じているようだった。

一方、用語としてはブロックミーティング、マネージャー、コーディネイト、トレンド、ベージュ、ボルドー、アーガイルなど新しいカタカナ語が並んでいる。これにどう反応するか実は楽しみにしていたのだが、どの言葉もまるで問題なく、それぞれの元となる言葉がわかり意味も正確に把握できる。このクラスの学生達が語学的センスがいいということもあるだろうが、場面が具体的で状況が把握しやすいためかもしれない。

「流行を知るために、雑誌『JJ』を購入。女性雑誌なので、女性の社員さんに頼んで買ってもらった。」という一文には「どうしてですかー、自分で買えばいいのに」と言いながら笑い出す。「やっぱり映画館はいい」という文に対しては「この文は『映画を映画館で見るのは』の意味ですか」とチェックが入る。「だけど日本の映画は高い。」には「そうですよねえ」「ほんとに日本の映画館は高いですねえ」とあちこちから声があがる。日本へ半年ないし1年留学した体験のある学生も多く、彼らの反応には実感がこもっている。

適宜、日本と学生達の出身国との比較も交えながら読んでいくと、異文化理解の教材としてもかなり利用価値のある教材である。しかも1文1文が短いので単語の意味さえわかれば文自体の理解は易しく、文の内容に関する質問が出やすい。この教材では積極的にあっちこっち横道にそれさせながら読み進んでいった。そして「9月28日:クレーム発生今日は大変!お客様からクレーム発生!!」と話が佳境に入りそうなところでプリント教材はおしまい。「続きはチュウ太の教材バンクを読んでね」「え?この前もらった「教材バンク」にこれも入っているんですか?すごーい。」にこっ。これぞまさに親心、休み中にもチュウ太を利用していろいろな文をもらいたいという親心?なのだが、ちょっとやりすぎ?いずれにせよ、この「店長奮闘記」は学生達に日本社会の一こまを見る機会を提供してくれたといえる。しかも彼らにとって、自分たちと同世代の若者が実社会の体験で何をどう感じたかという生の反応が伝わってくるのがとても印象深かったようだ。「家に帰ったらすぐに続きを読んでみます」という学生もいた。(日記を提供してくださったO君には改めてこの場を借りて感謝したい。)

残る時間で、アンケートを実施し、さらに今後のクラス運営について皆の意見を聞くことにした。アンケートで見るかぎり、授業内容、授業方法等に関しては皆が肯定的な評価だった。「応用日本語の授業で良かった点」を自由記述式で書いてもらったところ次のようなコメントがあった。

  • いろんなテーマについて議論ができたこと。
  • チュウ太を使った授業。作文、文法の説明、論議。
  • 手紙の交換が楽しかったです。意見文を書いた後のディスカッションもよかった。
  • 自分で文章を書くだけでなくいろいろの人の意見が聞けました。
  • いろいろな言葉の使い方の問題について話したりして、色々ならいました。
  • チュウ太の存在やその使い方について教えてもらったことが一番良かった点です。

大半の学生にとって自分たちの書いた意見文をもとにした議論は面白かったし、役に立つと感じているようだ。ことにこのクラスの場合、「元日本人」の学生や交換留学の日本人学生も加わってくれていたので、かなり盛り上がった議論ができたという好条件もある。授業内容別の評価項目でも、ディスカッションについて「議論しなかったなら、意見文を書くのもあまり意味がなかったと思う」とわざわざ書き加えた学生もいるほどだった。来学期もさらに実り多い議論ができるような授業計画を練ることにしよう。

一方「改善するともっと良くなる点」は次の通りである。

  • 言葉の使い方の説明がもっとあるといいと思います。
  • コンピュータルームが時々使えないこと。
  • 意見文を書くのは私にとって役に立つことですが、むずかしいと思います。

それぞれなるほどと反省させられる点が多い。チュウ太の辞書ツールでは意味は調べられても、例文がないため言葉の使い方は分からないという問題がある。授業でもっと例文を示す等、さらに配慮する必要があろう。コンピュータルームの問題は是非とも何とかしたい問題である。意見文に関しては少し急ぎすぎたかなという反省が私自身にもある。来学期も意見文作成を予定にいれているが、もう少し短いものから順にステップを踏んで書かせ、最後に意見文作成にまでもっていくことにしたい。

さて、今学期最後の日記を終えるにあたって、学生の一人から寄せられたチュウ太へのコメントをそのまま転記する。

一度チュウ太のようなソフトヴェアーがあることが分かって使ってみたら、チュウ太のないJapanologieの勉強は想像できないようになってしまいました。

このコメントはチュウ太の開発者としては嬉しい限りだが、日本語教師としては彼がチュウ太の助けを永久に必要とするのではこれまた問題だと思う。チュウ太を利用して読解をすすめていった場合にも、きちんと獲得語彙が増え読解力も向上することをはっきりと確かめる必要がある。またチュウ太の存在を知ってもすべての学生が彼のようにどんどん利用するというわけではない。その場合何がネックになっているのだろうか。その辺りも含めたさらに詳しい調査もいずれ行ってみたいと考えている。

☆一言メモ☆

「新米店長奮闘記」への学生達の反応はきわめて良かった。ここに日本社会の縮図を読みとることもできるし、実社会に出たばかりの若者の生の体験は共感を呼ぶ。単なる読解教材としてではなく異文化理解の教材として利用することでこの教材の価値も増す。

「チュウ太のウィーン日記」をお読みくださっているみなさまへ

2000年度の冬学期の授業がひとまず終了いたしました。(新学期は3月から始まります。)4ヶ月間の授業の様子を、成功談も失敗談も含めてご報告してまいりました。皆様どのような感想をお持ちでいらっしゃいましょうか。授業では学生達の反応を見て適宜やり方を変えることができます。ところがこのような形でのご報告は一方通行になってしまいます。授業の様子はこれでわかっていただけるのだろうか、こうした報告自体意味があるのだろうか等々、考えることも度々です。

「チュウ太の一言メモ」のように一言でも結構ですので、皆様からのコメントを心よりお待ちしております。また、チュウ太をこんな風に使っていますという活用例などがありましたら、教えていただけると嬉しいです。
是非よろしくお願いいたします。

川村よし子 <kawamura@tiu.ac.jp>

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