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チュウ太のウィーン日記 |
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2001年4月24日 火曜日
連休明けの出席具合を心配しながら教室に行ってみると、たくさんの顔が並んでいる。前回休んでいた人たちも来ている。今日の授業は日本人学生の1人が書いた意見文をみんなで読むことである。1200字という長文で語彙もむずかしいので、前回の授業終了後、家から各学生宛に原稿をメールしておいた。もちろん休んでいた人達にも送っておいた。さて、どのくらい予習してきているだろうか。 眺めてみると単語リストに細かく書き込みしてきた学生もいる。チュウ太効果だろうか。ちょっと期待しながら授業を始める。 今日は漢字のプリントは配布せず、前回渡した単語リスト(単語のみで読みも意味も書いていない。チュウ太でチェックしてくる単語の目安として配布したものである。)を利用する。リストの漢字熟語の中からサ変動詞を見つけだすようにと指示を出した。「えー」と慌てる学生はどうも予習してこなかったようだ。そこで予習してきた学生には張り合いを与え、しなかった学生にはちょっと圧力をかけつつヒントを与える意味で、リストの単語の読みだけを示すことにした。予習してきたと思われる学生を指名すると得々として読んでくれる。やってこなかった学生は必死でメモしている。その後、語彙の中からサ変動詞を探し出す作業にとりかかった。出てきた熟語は意味を確認しながら板書する。1人のオーストリア人の学生が日本人にまけずに適切な熟語をどんどん列挙してくれる。先程の細かい書き込みをしてきた学生である。単に読みと意味だけでなくサ変動詞になるかどうかもメモしてきたようだ。チュウ太の新しい辞書ツールを整備する段階で、サ変の扱いをどうしようか迷った際に、見出し語としては漢字熟語を出し、サ変があるものは「〜する」という項目を設けて別立てでその意味を記述するようにした。こうして実際にそれに気付いてくれた学生がいることはとても嬉しかった。 一通りサ変動詞になる単語を列挙したあとで、サ変動詞を作る熟語の特徴を見つけだすことにした。各漢字の訓読みがどのような品詞になるか注意するようにと言ったところ、かなりはっきりと特徴が理解できたようだ。漢字の性質に着眼する必要性は前回、前々回の授業で詳しく扱っている。多少のこちらからの誘導はあったものの、最終的に次のような特徴を抽出することが出来た。
ここで学生から質問が出た。「先生、『服役』はどうしてスル動詞になるんですか?(サ変動詞はクラスでは「スル動詞」という用語で説明している)」この熟語も今回の教材に入っていたのだが、こういう質問が出てくると嬉しくなる。学生達が品詞に着目し出した証拠である。「『服』はどういう意味ですか?」「着るものです。」「ええ、だとすると名詞ですよねえ。でもそれ以外の意味がありませんか?」「あ、フクスル」という答えが日本人から出る。「そう、フクスルって知っていますか?二年生で習いましたか?(習っていないようだ。急いで電子辞書を使っている学生がいる。)フクスルというのは役目を行うという意味です。(まだ首を傾げている学生がいるので)制服を着るように役目を着るんだと思ったら?(皆が納得した顔。)でも勉強にフクスルとか仕事にフクスルとは言わないから一定期間ずっとその役目をし続ける義務があるときに使われるのがこの『服する』です。兵隊になったら途中で勝手にやめられませんよね。」と説明し、黒板に「喪に服する」「兵役に服する」とを書く。「というわけでこれも役(役目)にフクスルで2番の形ですね。」 と、一件落着したところで読解に入った。内容は多少難しかったが、作者が目の前にいるということで皆かなり真剣に読んでいた。また、特に難しい部分に関しては、書いた本人にやさしく言い直してもらうという形で授業を進めた。読解終了後残り時間は彼の意見文をもとにしたディスカッションにあてた。 ディスカッション終了後、今後の授業の進め方について学生達の意見を聞くことにした。学生達の顔ぶれもだいたいきまったようだ。こちらの授業計画では、意見文の書き直し作業が一段落したところで、インターネットを利用した情報検索と報告文作成に取りかかる予定である。どんな希望が出てくるかと期待したが特にこれという希望は出てこなかった、ともかく何でも学びたいのでどんどん教えて欲しいと言うことだった。「じゃ、こちらでいろいろ用意するわね」と、席を立ちかけると、最後に一つ爆弾発言が待っていた。 「あのー、先生、一つだけお願いがあるんですが。」と、B君。「ええ、どうぞ。」「漢字の授業だけはやめて欲しいのですが。」「え?だって必要でしょ。単語一つずつ覚えるんじゃなくてルールがわかった方が覚えやすいだろうと思って、特にBさんのためにやっていたのに。」「そうなんですかあ。」「あ、それで、先週と先々週休んだのね。」「ええ、まあ。」 さて、困った。B君のためにと言うのは言い過ぎだが、この数回行っている漢字の授業はB君に代表される話す能力と読む能力とに極端に差がある学生のためであったことは事実である。その肝心のB君が2回続けて欠席していたのは気付いていたが、そんなに嫌がっていたとは知らなかった。実はこのB君は前学期の最後に「チュウ太のないヤパノロギーの授業は考えられなくなった」と書いてくれた学生である。その時嬉しいと同時に、次の課題はこうした学生をチュウ太なしで一人歩きさせる方法だなと考えさせられた。さて、彼のこの発言にどう対処したらいいだろう。 「わかった。でも私は必要だと思うのよね。チュウ太がいないと日本語が読めないと言うのじゃ困るでしょ。漢字についてはもう少し時間を短くするわね。で、もっとわかりやすい形を考えてみるわ。それでいいかしら?」ということで、授業を終えた。さて、さて、どうしたものだろう。よかれと思ってやっていることが裏目に出ている。肝心の漢字が苦手な学生がついてこられないならば、意味はない。悩みながら家路についた。 ところが、この話は翌日すんなり解決してしまった。当のB君がわざわざ、「先生、昨日はとっても失礼なことを申し上げて済みませんでした。」と謝りに来たのである。授業後、クラスメートたちと帰りながら皆の意見を求めた。ところが皆「漢字の勉強は必要だと思う。」「僕はあのやり方でいいと思う」と口々に言って、誰も彼に同意しない。親しい友人に相談しても同じ答え。彼は彼で一晩悩んだ挙げ句、自分が漢字から逃げていたこと、それを自分で認めたくなかったことに気付いたのだという。「僕にとって日本語は大好きな言葉ですし、やっぱり漢字の勉強も大切だと思います。これからは一生懸命努力してみますのでよろしくお願いします。」と頭を下げて帰っていった。 ところで来週はメーデーでお休みのため、授業のあるのは2週間後である。せっかく出てきた彼のやる気をそがないように、私のほうも漢字が面白いと思えるような教材を何とかして準備ておかなければなるまい。さて、どんな教材にしたらいいだろうか。 ☆一言メモ☆
非漢字圏の学習者にとって漢字の学習は一筋縄ではいかない。最初から拒否してしまう学生も多いようだ。初期の漢字導入のありかたは十分配慮する必要がある。いったん漢字拒否症になってしまった学生への処方箋はあるのだろうか。
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