Top
チュウ太について
ウィーン日記
宝箱
更新日記
道具箱
教材バンク
読解クイズ
リンク集
チュウ太のウィーン日記


目次 | |
2000年11月28日 火曜日

今日の予定は、小学生の手紙文の残りを読み、分からなかった用語に関する情報をネットで検索し、返事の担当を決めることである。小学生の手紙文は前回で終わらせるつもりだったのだが、学生達からの強い希望もあって、残りの6名分の手紙文もクラスで読むことにした。小学生からの手紙文はともかく全部読みたいが、分からない言葉もたくさん出てくるので一人で読むよりクラスで読みたいと言うのである。

日本語学習者の目で小学生の手紙文を読み直してみると面白い。「蛙子池」「太田典徳」「寒かけい」等の固有名詞、「よしのぼり」「うぐい」「カワニナ」等の生物名はもちろんのこと、「どじょう」「毛ガニ」「さわがに」等でさえ彼らにとっては知らないことばである。また「田んぼで田うえをする」「いねをかる」という表現も文化に大きく関わっているし、「かまぼこの板に絵をかくコンテスト」「グループ学習」「調べたことをクイズや紙しばいにする」など生の教材でなければ出てこない情報まで盛り込まれている。次々と出てくる新しい単語の意味を、例えば、「水車」や「竹馬」や「紙しばい」が何のことなのかを推測するという作業をしながら小学生の手紙を読んでいった。この推測作業も、手紙の向こうでそれを日々経験している小学生がいるということで、より張り切っていろいろな情景を想像したようである。

さらに手紙文のなかには待遇行動として面白い項目も含まれていた。例えば次の文である。

学校では,水車や蛙子池などの水のことを調べています。その調べたことをクイズや紙しばいにしたりします。あなたたちは,こんなふうに調べたりして,その調べたことをどうしますか。ぼくたちは,そんなことをいろいろな行事で発表します。

この「あなたたち」という表現は読み手が明らかに年上の大学生と分かっている今回のような場合には違和感がある。現代の日本語では、「あなた」あるいは「あなたたち」という表現は同等もしくは目下に対してしか使えなくなっている。このことを指摘した上で、ではどう直したらいいかと問いかけたところ、日本に留学経験がある学生から「皆さん」という答えが返ってきた。「そう、ですからここはやはり・・・」と言いかけたところ、別の学生から「でも『皆さん』は複数ですよね。手紙の相手が一人だったらどうしますか?」という質問が出た。さらに彼女は「その時は『あなた』でいいんじゃないですか。」と続けた。日本語初級の授業で、1人称の一般的な表現は「私」、2人称は「あなた」で、相手が目下の時に「君」を使うと教える場合が多い。そのため先生を相手に話している時でも「あなたは〜」という発話が許容されてしまうことがある。こうした教育を受けてそれが定着してしまうと実際の日本人相手の会話で、目上にも「あなた」を連発してしまうことになる。特にドイツ語では改まった二人称Sieとくだけた二人称duという使い分けがあるため、「あなた」と「君・お前」がそれぞれこれにあたると思ってしまいやすい。ところが日本語では、相手が目上の場合、相手が一人ならば基本的には相手の名前が分かっているはずなので、それに「さん」あるいは「様」を付けた形を用いる。また、相手が先生や役職のある人の場合はその役職名(+さん)を用いる。さらに家族の場合には親族名称が用いられるが、これが親族以外の相手にも代用されることもあるという話までして、詳しいことはあらためて来学期の敬語の授業で扱うということにした。(注1)

一通り読み終わったところで担当者を決めようとしたところ、自分の夢を語り、彼ら自身の世界を見せてくれる手紙に人気が集中してしまった。そこで日本語を書く能力の高い学生、つまり「半分日本人」の学生と日本からの交換留学生(注2)とは第2・第3候補の相手に書くということにしてもらった。手紙文は各自で書いたものを来週までにメールで私宛に送る。来週それを訂正入力して岡先生宛に送付するということになった。

最後にインターネットを用いて、固有名詞や生物を検索した。パソコンの前に座った学生達はどんどんgooを使って検索を始めたが、1名だけ、まずメールを開け、自分宛のメールを確認し始めた学生がいた。ここでしかメールが受け取れないし、この自習室が常に開いているわけではないという事情もよくわかるので黙認してしまったが、学生がいつでも自由に使えるパソコンルームがほしい!

学生達は「よしのぼり」「どじょう」「かわにな」と打ち込んで、大騒ぎしながらそれぞれの写真をさがしている。映像の力はやはりすごい。ただネット上では必ずしも見やすい写真が提供されているわけではないし、期待したものが出てくるわけでもない。「どじょう」を調べると「どじょう料理」「どじょうすくい」「電脳市場どじょう」と並ぶ。ようやく8番目に「全体が写らなくてごめんなさい」という但し書き付きのどじょうの上半身の写真が得られた。こうした情報を検索してみると、検索にひっかかるのは圧倒的に商業サイトが多く、あとは個人の趣味のページである。このあたりがネット情報の目下の限界なのだろう。水族館あたりが積極的にこうした画像を提供してくれたらと思う。

それに対して固有名詞はうまくヒットした。授業中読めなかった「蛙子池」も「かえるごいけ」というふりがなつきで、池の写真まで提供されていた。「太田典徳」を探そうとしたときには「先生、この名前何て読むんですか」の質問。「私も知らないけど読めなくても探せるんじゃない。読めなかったら漢字一字ずつ入れてみたら?」その結果、太田典徳が小豆島に「溜め池を造った男」であることもわかった。しかもそのため池こそ「蛙子池」だったのである。(因みに彼の名前はテントクという音読みで良かったらしい。)またその逆に「寒かけい」のようにひらがな表記が混ざってしまうと検索はできない。ところがこれは「小豆島」の観光案内には必ずといっていいほど登場する有名な観光地である。小豆島のサイトを訪れた学生達はそれが「寒霞渓」という紅葉の美しい渓谷であることがわかり、「わー、行きたーい」。そして最後は皆で「しょうどしま旅物語」の映像情報を楽しんで今日のクラスを終えた。

☆一言メモ☆

ネット上の情報はまだまだ限られている。とくに動植物関連の系統だった画像データなどの必要な情報はまだまだ足りない。あるいは、あるのかもしれないのだが現状ではなかなか検索で見つけだせない。せっかくすばらしい情報バンクになることのできる世界が営利と趣味の世界のみに独占されているようにみえるのは非常に惜しい気がする。

付記

注1 ただ、ここで、ではなぜ小学生がこの「あなた」を実際に用いているかという問題がおこる。現実に11名中6名が「あなた」を用い、「皆さん」が1名、他の4名は2人称代名詞にあたる部分は省略していた。小学生にとっては普段の会話で「あなた」という表現は、聞くことはあっても使うチャンスの少ない表現である。そのためこのことばを改まった表現として捉え、会ったことのない外国人に向けて発するのに適した表現として選んだのだろう。また、これが互いに同じ年代同士、あるいは互いの年齢をまるで知らない段階での文通であれば問題のない表現である。手紙を書く時点でどんな相手を想像して書いていたのか分析しできたら面白いと思う。

注2 実はこの日本人学生については学期の当初日本語クラスに受け入れていいものかどうか悩んだのだが、今では日本語やパソコンの使い方の分からない学生の手助けをしてくれたり、欠席してしまった学生の代わりに中学生に手紙を書いてくれたりと大活躍してくれていて、重要な存在である。また、彼自身にとっても日本語とドイツ語の表現方法や発想法の違いを再認識したり、自ら感じている異文化体験を改めて整理する機会になっているようである。日本語のクラスに教師以外の日本語母語話者を受け入れることはクラスの活性化にも多いに役立つことを付記しておく。


目次 | |

copyright © 1997-2000 KAWAMURA Yoshiko, KITAMURA Tatsuya and HOBARA Rei./ All rights reserved.